どんな素晴らしい言葉も、
美しい感情も、
今は何の意味も持たず、
ただただ空気となって、
手の届かない場所へ昇って行くだけ。
私の思いはただただ底なしの意識へと、
落ちるだけ。

この痛みを失って全てを失くすことと。
こんな痛みに頼ってまで全てにすがりつくことと。
どちらが私の選ぶべき道なんだろう。
もう、何もかもを手放しても、悲しくはない。
虚しさが自分を責め立てるだけで。

本当は怯えているだけなのかもしれない。
傷付くことに。
自分で判断することに。
生きていくことに。
でも。
でも、もしも。
怯えることがなくなったとしたら、それは「私」なのだろうか。
他人が見て、「私」と気付けるのだろうか。
そもそも「私」って、何。

人に生を押し付けながら。
己の死を肯定する自分がいる。

話さない優しさも。
話せないもどかしさも。
知らないでいる辛さも。
あなたの感じるそれとは違うかもしれないけれど。
わたしも感じたことがあるから。
身を持って味わったことがあるから。
何も聞かず、あなたの言葉を支えましょう。
必要なときがきたら、私から尋ねましょう。
あなたは、わたしにそうしてくれたから。

思いを言葉としてここに綴りましょう。
でも悲しいことに。
私はここに綴ったときの思いを忘れてしまうのです。
何を思って言葉を選んだのか、何を思ったのか、忘れてしまうのです。
とても嬉しいことに。
吐き出した思いは、私の中には留まらないのです。
そして私は、悲しみと喜びを共に失うのです。

そんなに難しく考えなくてもいいのだと、
私が囁く。
私自身わかっているのだ。
難しい言葉を使えば使うだけ、
自分の首を絞めることになるのだと。
きちんと理解しているのに。
言葉として、思いとして理解しているのに。
自我はそれを良しとはしない。
私には、私自身の言葉は届かないのかもしれない。
いくら自分で言い聞かせても、
私の心には響かない。
それでもしがみつけるのは、
自分の言葉しかないのが現実で、
側に居るはずの人は、
自分には見守ることしか出来ないと呟くのだ。
言葉は全てではないのかもしれない。
でも、少なくとも、今私がこうして生きていられるのは、
私自身が吐き出した言葉のおかげだから。
そして今、私を苦しめるのは、その溢れた言葉たち。
今となっては、これが正しかったのかさえ判断出来ない。
もう、考えたくない。

私は、たくさんの痛みを経験した人にはなれるでしょう。
でも、たくさんの痛みを乗り越えた人にはなれない。
そんな気がするのです。

私は他の人よりも
ほんの少し
流した涙が多かっただけ、と
笑わせてください。

どうか。
今は。
ただ。
黙っていて。
何も。
見ないで。
叫びも。
聞かないで。
耳を。
塞いで。
私は。
口を。
閉ざすから。
誰も。
傷に。
触れないで。
今は。
どうか。
そっと。
目を。
背けていて。

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